はじめまして、三好千尋です。
関西の百貨店で12年ほど、和雑貨や呉服小物のバイヤーをしていました。
今は独立して、伝統工芸の工房や和雑貨メーカーの販路づくりを手伝いながら、こうして文章も書いています。
バイヤー時代、京都の店の和小物売り場に立っていると、年を追うごとにレンタル着物姿のお客様が増えていきました。
最初は「今日はどこかでお茶会でもあるのかしら」と思ったほどです。
それがいつの間にか、清水寺へ向かう坂道でも浅草の仲見世でも、着物で歩く人がいる景色が当たり前になりました。
この記事では、着物レンタルがいつ頃、どんな理由で観光の定番になったのかを、新聞報道や公的な調査、上場企業の開示資料をもとに整理します。
あわせて、売り場の側から見えた変化と、これから着物レンタルを使う方に確かめておいてほしいことも書きました。
目次
着物レンタルはいつから観光の定番になったのか
2000年代後半、京都で店が増え始めた
着物を気軽に着る流れは、レンタルより前からありました。
京都女子大学の青木美保子准教授は、1990年代後半に浴衣ブーム、2000年代初頭にアンティーク着物のブームがあったと、日本経済新聞(2015年12月)の取材に答えています。
観光客向けのレンタル専門店が目立ち始めたのは、2000年代の後半です。
日本経済新聞は2010年10月、金沢で着物レンタル店の開業が相次いでいると報じ、その中で「数年前から専門店が増えた京都では価格競争が激しくなっている」と書いています。
ポリエステルの着物や古着をそろえ、着付け込みで数千円からという料金も、この頃にはすでに広がっていました。
2010年の時点で、京都ではすでに店どうしの値下げ競争が始まっていたことになります。
2010年代半ば、浅草へ広がった
2010年代に入ると、訪日客の増加が追い風になります。
日本政府観光局(JNTO)の年別 訪日外客数の推移を見ると、2012年に約836万人だった訪日客は、2013年に初めて1,000万人を超え、2016年には約2,404万人まで増えました。
日本経済新聞は2015年12月に「観光地の着物レンタルはかねて京都市で人気だが、広がりを見せている」と報じ、浅草で着物を借りて観光する若い女性を取材しています。
京都で育った業態が、東京の観光地にも根づき始めたのがこの時期です。
浅草は、着物で歩く舞台としての条件がそろった街です。
浅草寺の参道や仲見世の街並みは写真映えがよく、駅からの距離も近いので、草履でも無理なく回れます。
台東区の観光統計によると、2024年の区内の観光客数は4,121万人と推計され、そのうち外国人は640万人でした。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1990年代後半 | 浴衣ブーム |
| 2000年代初頭 | アンティーク着物ブーム |
| 2000年代後半 | 京都で観光向けのレンタル専門店が増える |
| 2010年 | 京都の価格競争が新聞で報じられる |
| 2013年 | 訪日客が初めて1,000万人を超える |
| 2014年 | 和心が京都で「きものレンタルwargo」を4店舗同時に開業 |
| 2016年 | 同社が浅草に出店、3月の着付け客数が1万人を超える |
| 2019年 | 訪日客が約3,188万人に(コロナ前の最多) |
| 2020年 | 訪日客が前年比87.1%減 |
| 2025年 | 訪日客が約4,268万人で過去最多 |
定番になった理由は「手軽さ」と「写真」
着付け込み数千円で、手ぶらで歩ける
着物を自分で着るには、着付けの技術と小物一式が要ります。
レンタル店は、その両方を引き受けました。
埼玉大学紀要に掲載された論文「着物レンタルサービスの現状と大学生の利用実態に関する研究」によると、2018年12月に京都・金沢・浅草のレンタル店25店を調べたところ、女性の料金は2,000〜4,000円、平均で3,669円でした。
着物と帯に加え、肌着、長襦袢、バッグ、足袋、草履までがセットで、着付けもお店がしてくれます。
荷物を預かる店も多く、観光客は手ぶらで街に出られます。
同じ論文は、着物姿が「インスタ映え」することも人気を後押ししたと書いています。
古い街並みを背景に写真を撮り、SNSに載せるところまでが、一つの楽しみ方になりました。
借りていたのは日本の若い女性が中心だった
着物レンタルというと、訪日客の姿を思い浮かべる方も多いと思います。
ただ、数字を見ると、主役は日本の若い世代でした。
和心の代表取締役である森智宏氏は、2019年2月の決算説明会で、自社の着物レンタル店は利用者の9割近くが女性で、外国人の利用率は30%弱だと説明しています。
先ほどの論文でも、関東の大学生のうち観光地で着物を着たことがある151人の81.6%がレンタルを利用し、着た場所の52.3%は京都でした。
同じ論文で、観光地で着物を着た人や着たい人(383人)に理由を聞いた結果は次のとおりです。
- かわいい、きれい、かっこいい(81.5%)
- あまり着る機会がなく貴重(55.9%)
- 写真を撮って残したい(50.9%)
私が売り場で感じていたことも、この数字に近いものでした。
レンタル着物で来店されるのは、大学生くらいの女性同士のグループがいちばん多かったように思います。
売り場から見えた3つの変化
2,900円のプランでも客単価は1万円近く
着物レンタルは「安く着られる」が入り口ですが、お店の売上は入り口の料金だけでは決まりません。
和心は2019年の説明会で、最安プランは2,900円でも、利用者の80%がヘアセットを頼むため、平均の客単価は1万円近くになると説明していました。
写真スタジオや荷物預かりも、客単価を上げる仕組みとして店に併設していたそうです。
使う側から見ると、基本料金だけで予算を組むと当日に驚くことになります。
予約サイトの口コミにも、追加料金で「最初に予約した金額の倍ぐらい」になったという声があります。
髪のセットや着物のグレードアップを含めて、最初から総額で考えておくと安心です。
観光地に集中して出す店の作り方
着物レンタルの店は、人気観光地から歩いて数分の場所に何店舗も集まる形で広がりました。
和心の場合、2014年に京都の新京極・清水坂・金閣寺・二年坂の4店舗を同時に開き、その後も京都駅前、祇園四条、大阪、浅草と出店を重ねています。
同社は特定の地域に集中して店を出す「ドミナント出店」を基本戦略に掲げ、2016年3月には月間の着付け客数が1万人を超えました。
着物レンタル店の数は、2019年末に19店まで増えています。
18歳で和柄アクセサリーのブランドを立ち上げ、着物レンタルのほかにかんざしや傘、箸の専門店も手がけてきた経営者の歩みは、森智宏氏の経歴と事業の実績をまとめたプロフィールで読めます。
観光地に売り場を集め、店づくりから物流までを自社でそろえる考え方は、和雑貨を扱ってきた私から見ても学ぶところが多くあります。
和小物の売れ方も変わった
レンタル着物の広がりは、和小物の売り場にも表れました。
着物を借りた日に、髪飾りや巾着を「せっかくだから」と買っていくお客様が増えたのです。
和心の説明会では、同社のかんざし専門店の売上の95%が、和装用ではなく洋装用のかんざしだという話も出ています。
着物の日だけでなく、普段の服にも和小物を合わせる。
2010年代の後半には、そういう買い方がはっきり見えていました。
コロナ禍を越えて、残った課題
2020年の急ブレーキ
2020年、訪日客は前年より87.1%減りました。
国内の旅行も止まり、着物レンタルは大きな打撃を受けた業種の一つです。
京都新聞によると、訪日客向けのレンタル着物会社「京洛和蒼」が2020年3月に事業を停止しています。
和心の着物レンタル店も、2020年1月の19店から同年12月には6店まで減りました。
同社は来店客数が戻りきらないとして、2022年12月末に着物レンタル事業を別の会社へ譲渡し、和雑貨の店などに経営資源を集めています。
戻ってきたにぎわいと、混雑・マナーの問題
その後、観光客は戻りました。
2025年の訪日客は約4,268万人で、過去最多です。
京都市の令和7(2025)年 京都観光総合調査によると、京都を訪れた外国人の12.5%が着物・浴衣を体験していました。
日本人全体では1.0%ですが、20歳未満に限ると7.7%で、若い世代の楽しみとして根づいていることがわかります。
にぎわいが戻った分、課題も目につくようになりました。
同じ調査では、外国人観光客が残念だった点として「人が多い、混雑」が最も多く、28.6%でした。
2026年7月には、建仁寺の塔頭(境内にある小さな寺院)である西来院が、着物やコスチュームでの入場を断る掲示を出したと報じられています(弁護士JPニュース)。
寺側は着物そのものを否定するものではないとしたうえで、撮影目的の来訪者による迷惑を理由に挙げています。
一部の撮影マナーが、着物姿の観光客全体の見られ方を変えてしまった例です。
着物文化を大切にしてきた人たちからは、装いそのものへの違和感も出ています。
東洋文化研究者のアレックス・カー氏らは2019年、プレジデントオンラインに寄せた論考で、観光向けの着物は色や柄が不自然に派手で、ポリエステルなどの安価な生地が多いと指摘しました。
冬に浴衣を着る、浴衣に華やかな帯を合わせるといった装いにも疑問を投げかけています。
呉服を扱ってきた立場からすると、この指摘には頷ける部分があります。
同時に、売り場では、レンタルをきっかけに正絹の着物や帯に興味を持つお客様にも出会いました。
入り口の着物が手軽であることと、本物の着物に関心が広がっていくことは、両立できると私は考えています。
呉服業界にとってのレンタル
着物の業界全体で見ると、レンタルは着物に触れる入り口になっています。
矢野経済研究所の「呉服市場に関する調査を実施(2026年)」では、2025年の呉服小売市場は2,030億円で、前年を下回りました。
なお、この市場規模にレンタルは含まれていません。
同じ調査で主要なきもの関連企業98社に聞いたところ、51.0%が「レンタルサービスの需要が増している」と答えています。
買う人は減っても、着る機会を求める人はいます。
観光地のレンタル店は、その気持ちを受け止める場所の一つです。
着物で街を歩く人を迎える仕組みは、行政の側にもあります。
京都府や京都市、京都商工会議所、和装の業界団体でつくる実行委員会は「京都きものパスポート」を実施しており、着物姿で府内約250の施設を訪れると、入場無料や割引などの特典が受けられます。
2026年は10月1日から1年間の実施で、百貨店などで着くずれを直してくれる「きものレスキュー」も用意されています。
これから着物レンタルを使う人へ
最後に、これから着物レンタルを使う方に確かめておいてほしい点を、表にまとめました。
先ほどの論文でも、観光地で着物を着て困った点の上位は「動きにくい・歩きづらい」(43.7%)、「返却時間に縛られる」(29.8%)、「気温に左右される」(28.5%)でした。
| 確かめること | 理由 |
|---|---|
| ヘアセットや小物を含めた総額 | 基本料金だけだと当日に予算を超えやすい |
| 返却時間と翌日返却の可否 | 夕方以降の予定が組みにくくなる |
| 歩く距離と坂道の有無 | 慣れない草履で長く歩くと足が疲れる |
| 季節に合った着物か | 夏は暑く、冬は足元から冷える |
| 行き先の撮影ルール | 寺社によって撮影や入場に決まりがある |
着物は、着る人の所作まで含めてきれいに見える装いです。
歩幅を少し狭くして、ゆっくり歩く。
それだけで写真の写りも、街の人からの見え方も変わります。
まとめ
着物レンタルは、2000年代後半に京都で店が増え、2010年代半ばに浅草などへ広がりました。
着付け込み数千円で手ぶらで歩ける手軽さと、写真に残したい気持ちが、若い世代を中心に利用を押し上げてきました。
売り場の側では、ヘアセットなどを組み合わせて客単価を上げる工夫や、観光地に集中して店を出すやり方が育ちました。
コロナ禍で多くの店が縮小や撤退を経験しましたが、観光客は戻り、2025年の京都では外国人の12.5%が着物・浴衣を体験しています。
混雑や撮影マナーの課題は残っています。
それでも、買う人が減った着物を「着てみる」入り口として、レンタルはこれからも観光地に欠かせない存在であり続けると私は考えています。
次に京都や浅草を歩くときは、総額と返却時間だけ先に確かめて、着物での街歩きを楽しんでみてください。





